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東京地方裁判所 平成7年(ワ)15910号 判決 1998年3月31日

原告

株式会社土井商行

右代表者代表取締役

土井章男

原告

有限会社土井ビル

右代表者取締役

土井章男

原告

土井章男

右三名訴訟代理人弁護士

布留川輝夫

被告

東京都

右代表者知事

青島幸男

右指定代理人

土田立夫

外一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告らに対し、それぞれ金二〇二一万〇二六六円ずつを支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告らが、被告職員から誤った税務指導を受けたことにより、別紙物件目録一ないし六記載の各土地(以下「本件土地」という。)に係る平成三年一月一日から同年一二月三一日までの土地の取得及び同四年一月一日に保有する土地に対して課せられる特別土地保有税(以下「本件特別土地保有税」という。)の減免申請をする機会を奪われ、よって各原告らにつき同税本税相当額である一九五四万九二六六円及び同不申告加算金相当額である六六万一〇〇〇円の合計二〇二一万〇二六六円ずつの損害を被ったとして、被告に対し、国家賠償法に基づいて右損害の賠償を求めている事案であり、被告は、右税務指導の違法性を争い、仮に右税務相談が違法であったとしても、原告らにはこれによって被った損害は存在しないと主張しているものである。

一  基礎となる事実(当事者間に争いのない事実のほかは、括弧内掲記の証拠により認定した。)

1  (本件各土地の取得)

原告株式会社土井商行(以下「原告土井商行」という。)、原告有限会社土井ビル及び訴外土井一郎(以下「一郎」といい、右三名を併せて「原告土井商行ら」という。)は、平成三年九月二七日、本件各土地の所有権を、訴外株式会社リクルートコスモス(以下「リクルートコスモス」という。)から売買によって取得し(各持分は、それぞれにつき三分の一ずつ)、同年九月三〇日東京法務局江戸川出張所受付第三七五九五号をもって、所有権移転登記手続を経由し、同四年一月一日時点においても、本件各土地を所有していた。

2  (本件建物の建築確認及び竣工等)

本件各土地上に建築される建物(以下「本件建物」という。)の建築確認申請は、平成四年二月一〇日付で行われ、同建築確認通知は、同年三月一〇日付で行われた。その後本件建物は、同年三月二一日に着工され、同年八月三〇日に竣工した(甲第一二、第一三号証、弁論の全趣旨)。

一郎は、平成四年七月一六日死亡し、原告土井章男(以下「原告章男」という。)が本件各土地についての一郎の持分三分の一を相続により承継取得した。

3  (本件税務相談の実施)

原告土井商行らは、平成四年四月中旬ころ、東京都江戸川都税事務所から本件特別土地保有税の申告につき通知を受けたため、被告主税局の総務部長に対し、本件特別土地保有税に関する税務相談の担当者としての適任者の推薦を依頼したところ、同部長は、右税務相談担当者として被告主税局資産税部固定資産税課課長である鈴木暎和(以下「鈴木課長」という。)を推薦した。そこで、原告土井商行らは、平成四年五月二〇日、同月二二日及び同月二五日、本件特別土地保有税に関し、鈴木課長に税務相談をした(以下「本件税務相談」という。)。さらに、原告土井商行らは、平成四年五月二八日、東京都江戸川都税事務所において、同事務所長である杉生秀己(以下「杉生所長」という。)及び同事務所固定資産税課課長である堀幸吉(以下「堀課長」という。)にも税務相談をした。

4  (本件特別土地保有税の申告、免除認定の申請及び本件否認処分)

原告土井商行らは、平成四年五月二九日、東京都江戸川都税事務所長(以下「本件処分庁」という。)に対し、本件特別土地保有税の納付申告書を提出するともに、同日、地方税法(以下「法」という。)六〇三条の二第二項に基づき、本件各土地が同条一項一号の土地に該当するとして、同項の規定による本件各土地に係る「保有税免除認定申請書」を提出した(以下「本件免除認定申請」という。)。

同項による免除対象土地であるかどうかの判定は、当該判定をなすべき日(以下「基準日」という。本件における基準日は、特別土地保有税を申告納付すべき日の属する年の一月一日である平成四年一月一日である。)の現況によるものとされている(法六〇三条の二第七項、五八六条四項)ところ、本件各土地上には、基準日である平成四年一月一日時点において、建物、構築物等はなく、その建築工事の着工もなされていなかった。

本件処分庁は、平成四年一一月一七日、本件各土地に係る法六〇三条の二第一項の適用に関し、同条四項、東京都税条例(以下「条例」という。)一五三条の二第四項の規定に基づき、東京都知事に対し、本件各土地は納税義務免除対象の土地に該当しない旨の意見を付した上で、東京都特別土地保有税審議会(以下「審議会」という。)への付議を依頼した。東京都知事の諮問を受けた審議会は、平成四年一二月二日、同知事に対し、本件各土地が特別土地保有税の免除対象土地に該当しない旨答申した(甲第一号証、第二三号証の四、弁論の全趣旨)。

本件処分庁は、平成五年一二月二日、本件免除認定申請に対し、本件特別土地保有税については法六〇三条の二に定める免除の認定をしない旨の処分(以下「本件否認処分」という。)をし、これを原告らに通知した。

5  (審査請求等)

原告らは、平成五年一二月二七日、本件否認処分を不服として、それぞれ東京都知事に対して審査請求をしたが、同知事は、同六年四月二五日付けで右各審査請求を棄却する旨の裁決をし、右裁決は同月二七日に原告らに送達された。そこで、原告らは、平成六年七月二六日、右裁決の取消し等を求めて東京地方裁判所に対し訴えを提起したところ、同裁判所は、同七年八月三一日、原告らの訴えの一部を却下し、その余につき請求を棄却する旨の判決を言い渡した。原告らは、これを不服として控訴したが、東京高等裁判所は、平成九年一月二二日、右控訴を棄却する旨の判断をし、さらに原告らは、これに対し上告したが、最高裁判所は、同年九月四日、右上告を棄却する旨の判決を言い渡した。

二  争点

1  被告職員によって行われた本件税務相談が違法なものであったか。

(原告らの主張)

(一) 江戸川区建築指導課及び被告交通局による行政指導

原告土井商行らは、本件各土地を倉庫用建物の建築敷地として取得したものであるが、建築資金借入れに伴う高額の金利負担や完成までの倉庫賃料負担の問題があって、一日も早い建物の着工、完成を願い、平成三年内に建築工事に着工する予定で建築計画を立てていた。ところで、本件各土地のうち約一〇〇坪は都営地下鉄新宿線の地下鉄導入口として利用されることとされており、そのための区分地上権(以下「本件区分地上権」という。)の設定がされ、被告交通局との右事前協議等の建築規制があることが判明していたが、原告土井商行らは、建築確認申請と地下鉄規制の事前協議を同時併行して進めることができるものと判断し、その所要期間を二か月間と予定したため、平成三年一二月中旬には右事前協議が終了するとともに建築確認の通知を受けることができるものと想定して、建築計画の策定に着手した。

そこで、原告土井商行らは、平成三年九月中旬、建築確認申請手続の具体的手順につき江戸川区建築指導課と折衝を開始したところ、同課から、地下鉄関係の同意を得ることが確認申請の前提であるため、被告交通局に行き右同意を得るための手続を経由してくるようにとの行政指導を受けた。そのため、原告土井商行らは、被告交通局保線課との折衝を開始したところ、同課から事前協議書用紙の交付を受けるとともに、事前協議手続の概要の説明を受け、右手続の所要期間として三か月ないし六か月を要するのが一般的であるとの指導を受けるに至った。原告土井商行らは、右のような江戸川区建築指導課及び被告交通局による各指導が、法的根拠のある行政庁の公権力の行使として行われたものであると理解し、まず、地下鉄関係の規制を先行してクリアーしなければ建築確認申請が受理されず手続が進行しないものであり、また、一般的に地下鉄関係の事前協議の期間としては三か月ないし半年を要するものである旨誤信したため、既に決定していた本件建物の工事計画の変更を余儀なくされた。原告土井商行らには、建築申請に関する行政指導に積極的に反旗を翻し、地下鉄規制を顧ることなく、建築確認申請をなさずして違法に建物建築の着手を強行する蛮勇はなかったのである。

現実に、原告土井商行らは、平成三年九月一八日から被告交通局との事前協議の折衝を開始したが、同交通局の事前協議についての回答がなされたのは、同四年一月一六日になってからのことであり、その後、江戸川区建築主事は、建築確認申請を受理する手続において、原告土井商行らに対し、「合議」なる文書を交付し、書面による地下鉄規制のクリアーの確認を要求したため、右手続が完了して原告土井商行らが本件建物の建築確認申請をし得たのは同年二月一〇日となり、その結果、原告土井商行らは、同年三月一〇日に建築確認通知を受けて、同月二一日から本件建物の建築に着工し得たものである。

このように、本来、原告土井商行らが平成三年度内に本件建物建築に着手するについては、これを阻害する何らの事情も存在しなかったのであり、にもかかわらず原告土井商行らが基準日に建物建築に着手できなかったのは、江戸川区建築指導課及び被告交通局による右行政指導だけがその唯一の原因というべきであって、原告土井商行らは、かかる行政指導が公権力の行使として正当なものであるとみなしたからこそ、これに従わざるを得なかったものである。

(二) 特別土地保有税の免除及び減免制度

(1) 法六〇三条の二は、特別土地保有税の免除認定の要件について定めるものであるが、右の要件について判断した最高裁判所の判決によれば、「基準日現在において既に建設に着工されており、かつ、その後の工事の進捗状況から見て恒久的な建物設備等に供されることが確実であると認められた土地が免除の対象となる。」とされており、本件各土地の場合、右判決の基準に照らすと、免除認定の要件が存在しないことは明らかであった。

(2) そして、一方、法六〇五条の二は、「市町村長は、天災その他特別の事情がある場合において特別土地保有税の減免を必要とすると認める者その他特別の事情がある者に限り、当該市町村の条例の定めるところにより、特別土地保有税を減免することができる。」と規定し、条例一五四条一項二号及び東京都都税条例施行規則(以下「規則」という。)三五条二項三号によれば、特別土地保有税は「特別の事情」がある場合には減免されることになるところ、右「特別の事情」の解釈基準としては、昭和五三年四月一日自治固第三八号の自治省税務局長名の「恒久的な建物、施設等の用に供する土地に係る特別土地保有税の納税義務の免除の取扱いについて」と題する局長通達(以下「本件通達」という。)が存在し、この通達によれば、土地の所有者の責に帰することのできない事情により行政庁の開発許可、建築確認等の手続に相当の日数を要したため、基準日までに建設等の着手することができず免除対象土地として認定されなかった土地についても、開発許可、建築確認等の手続の完了後速やかに建設等に着手された場合においては、特別の事情に該当するものとして、当該土地に係る特別土地保有税を減免して差し支えないとされている。そして、本件通達は、法規範そのものではないとしても、土地保有税制度の趣旨、目的を背景として、合理的な課税を実現するため、税の減免しうる特別の事情を具体化し、各地方自治体に対し、行政庁がその手続に通常要する期間を超過したことによって納税者が被る不利益を全国的に統一して救済すべきことを定めたものであり、これに該当する場合には、特別土地保有税の立法目的と行政庁の手続遅延の事実から納税者を救済することが必要であるとの判断のもとに通達されるに至ったものと解すべきであって、単なる法の解釈基準を示したものではないというべきである。

(3) これを本件についてみると、原告土井商行らが、本件各土地について、平成三年一二月中旬を着工時期と予定しながら、現実には基準日である同四年一月一日までに建設工事に着手できなかったのは、前記のとおり、江戸川区建築指導課によって、地下鉄土地上に建物を建築する場合には、建築確認申請受理の前提として被告交通局と事前協議をして地下鉄関係の同意を得ることが必要である旨指導され、しかも、被告交通局によって、右手続には三か月ない六か月を要するとの説明を受けたためであり、現に本件の場合、同三年九月一四日ころの同指導課による同旨の指導によって、同月一七日に被告交通局との地下鉄規制の協議を開始し、右協議の完了には五か月を要したのである。

ところで、建築基準法に基づく確認申請があった場合、建築主事としては、当該建築物が同法の基準に照らし合法であるかどうかを審査することが必要であり、かつ、これのみが建築主事の権限というべきであって、建物と敷地との関係につき、その権利関係の確認であるとか、地上権の設定がある場合の地上権者の承諾などの手続を求めることは、建築確認申請の前提又は合議事項には該当せず、必要性のないものであるばかりか、右のような指導は、時間を過分に要する事柄を要求しているという点で蛇足というべきであり、同法等による法的根拠のないものである。そうすると、建築主事が、本件のように地上権設定契約に基づく地下鉄規制の事前協議の経由を建築確認の前提とする旨指導したことは違法な行政行為というべきであり、このように、基準日において本件各土地上に恒久的建物が存在しなかったのは、建築主事の違法な行政指導によって被告交通局との事前協議に不要な時間を空費したためであって、これが原告土井商行らの責に帰するものでないことは明らかである。

以上のとおり、仮に右確認協議と地下鉄協議とを併行して行っていたとすると、原告土井商行らが年内に建物建築の着手をすることができたものであるにもかかわらず、本件においては、建築主事の違法な行政指導によって地下鉄協議を建築確認申請の前提要件とされたために、原告土井商行らが建築確認の通知を得るまでには、実に平成三年九月一八日から同四年三月一〇日までの五か月と二〇日を要する結果となってしまったのであり、建築主事が本件地下鉄事前協議を建築確認の前提とせず、また被告交通局が地下鉄事前協議の所要標準時間を三か月ないし半年と指導しなければ、年内着工が可能であったことは明らかであり、それができなかったのはひとえに行政庁側の事情によるものであることは余りに明白である。

したがって、本件通達に照らせば、原告土井商行らが本件各土地につき基準日までに建物建築に着手できなかったことについては、「特別の事情」が存在したことは明白であるから、本件特別土地保有税に関しては、減免の要件が存在したことは明らかであった。

(三) 本件税務相談

そして、原告土井商行らは、鈴木課長に対し、前記のような基準日に本件建物建築に着手し得なかった事情を具体的に説明した上で本件特別土地保有税の納付及び救済方法につき相談(本件税務相談)を行ったものであり、鈴木課長は、右原告土井商行らの説明等によって、本件においては法六〇三条の二の免除認定の要件が存在せず、法六〇五条の二の減免の申請をなすべきことを当然に認識し得たものというべきである。しかも鈴木課長は、税務相談担当者として、特別土地保有税の免除又は減免申請は法定納期限内における本税申告と同時に所定書面によりなすことが納税者に義務付けられており、本件税務相談の時点においては、免除又は減免の申請が時期的には可能な期間であり、これを時期的に逸した場合には、納税者は免除又は減免の申請をすることができなくなることも知悉していたものである。

このような場合、直接課税担当課の公務員の職務行為として本件税務相談に応じた鈴木課長としては、右相談にあたって、具体的事情に即した誠実な回答をするべき義務があったというべきであり、右のような事情からすれば、本件においては、本件特別土地保有税の免除認定の要件は存在せず、本件通達に照らせば、減免の要件に該当する事実が存在するとの判断をした上、原告土井商行らに対し、減免の申請をするよう指導すべき法的義務があったものというべきである。

しかるに、鈴木課長は、本件税務相談において、「具体的建築確認があり、それを前提に役所の都合で建築できなかった場合には免除申請をなすことができる。」として、本件各土地に係る特別土地保有税の申告と併せて法六〇三条の二に定める免除認定の申請を行うことが最良の方法である旨教示し、減免制度については何ら触れることなく、誤った指導を行ったのである。しかも、鈴木課長は、減免制度について説明をしなかったばかりでなく、免除認定の申請に必要な地下鉄規制に関する証明書原稿に自ら手を加えるなどしてその作成を指導したりまでしている。

(四) まとめ

このように、鈴木課長は、本件税務相談において原告土井商行らに対し、悪意又は重大な過失により誤った指導をしたものであり、被告の職員によって行われた右加害行為は、税務賦課手続の適正な運用の一環としての税務相談業務として、国家賠償法上の公権力の行使にあたる職務行為をなすについて行われたものであるから、被告は同法一条により、右加害行為によって原告らに与えた各損害を賠償する義務がある。

(被告の主張)

(一) そもそも、税務相談は、税務行政を円滑に運営するための納税義務者に対する情報提供、技術的助言を与える行政サービスであり、何ら法的根拠を有するものではない。したがって、課税担当官吏等は、税務相談にあたっては、納税者に対し、基本的に適正公平な納税運営を図る観点から税制面の内容及び手続についての一般的な説明を行い、申請、申告等については最終的に納税者自身の判断と選択によるものとしてこれに臨んでいるであり、税務相談のこのような性格からいって、相談担当者が、個々具体的な事案に即して、申請、申告等をするよう納税者に指示を与えるようなことはあり得ない。

その上、税務相談においては、そこで示される資料等も租税の申告手続上の正式なものではなく、納税者の一方的な言い分に対して行われざるを得ないものゆえに、そこにおける担当者の説明は、一般的なものにならざるを得ない。

原告らの主張する「教示」の意味は、必ずしも判然としないところがあるが、それが特定の申請の指示をしたという意味なら、以上のような税務相談の性格からして、相談担当者においてそのような指示を与えることなど本来的にあり得ないのである。

(二) 現に、鈴木課長は、原告土井商行らによる本件税務相談に応じた際、誠心誠意をもって同人らに対応したものであり、特別土地保有税の免除、非課税、減免等の処分権は、都税事務所長に属し、また、当該具体的状況の把握も鈴木課長本来の担当業務ではなかったため、申請、申告は納税者の任意によるものであるとの観点から、本件各土地の特別土地保有税に関する一般的な説明を行うとともに、右免除、非課税、減免等の制度の概要の説明を行ったにすぎず、右説明にあたっては、否定的な表現をしないよう十分注意していたのであって、原告らが本件で問題としている免除、減免申請については、そのどちらを選択するかは、原告土井商行らの判断に委ねたのである。その上、原告土井商行らは、税理士という専門的立場の者を伴って本件税務相談に訪れたのであるから、以上のような税務相談の性質は十分に承知し得たはずである。

このように、鈴木課長が、原告土井商行らに対し、免除認定の申請をなさしめたり、免除の約束をした事実はなく、また、減免の申請を妨げたものでもないのであって、原告土井商行らが本件を法六〇三条の二第一項の免除認定の要件に該当する事案だと解したとしても、それは、原告土井商行らが税制に関する鈴木課長の一般的な説明を誤解したものであって、何ら税務相談担当者の責に帰すべきものではない。本件のような場合に、いかなる申請をすべきかは、専門家である税理士の助言、指導のもと、原告土井商行ら自身が自らの責任で判断すべき事柄であり、鈴木課長が減免の指導をしなかったが故に減免申請の機会を逸したという原告らの主張は、全く見当違いの議論というべきである。

(三) また、原告らは、鈴木課長が行った本件税務相談によって、減免利益という法益が侵害されたものである旨主張するけれども、後記のとおり、そもそも、本件においては、法律、条例、規則、通達等に照らしても、減免の要件は存在しないのであるから、権利侵害行為はなく、原告らの右主張は失当である。

2  原告らに本件税務相談によって被った損害が認められるか。

(原告らの主張)

(一) 前記のとおり、法六〇五条の二、条例一五四条一項二号、規則三五条二項三号によれば、特別土地保有税は特別の事情がある場合には減免されるとされ、右特別の事情の解釈基準として本件通達が存在し、右通達によれば、右「特別の事情」とは、本来基準日に建設に着工することができたにもかかわらず、土地の所有者には責任がなく、建設の着工が行政庁側の都合で遅れた場合をいうものと解すべきところ、原告土井商行らが、本件各土地について、平成三年一二月中旬を着工時期(着工まで二か月)と予定しながら、基準日である同四年一月一日までに建設工事に着手できなかったのは、江戸川区建築指導課が、建築確認申請受理の前提として被告交通局との地下鉄規制の事前協議を要求し、それに五か月を要したためであり、このように、本件各土地上に基準日において恒久的建物が存在しなかったのは、原告土井商行らの責に帰するものでないことは明らかである。

そして、鈴木課長は、本件税務相談において、右のような事情を確認しながら、誤って免除認定の申請をさせたものであり、原告土井商行らは、右のとおり、被告の誤った指導により、法六〇五条の二の減免を求める申請等を行うことができなかったため、当然に受けることのできた減免がなされなかったものである。このように、管轄すべき部署は異なるとはいえ、本件各土地について、基準日に建築着工ができなかった責任が被告側課税庁に帰結する場合には、禁反言の法理から、行政庁の責に帰すべき事由として、法六〇五条の二にいう納税者たる原告らを救済すべき「特別の事情」があるものというべきである。

(二) そして、規則三五条三項によれば、右特別の事情が存する場合には、当該事情を考慮して知事の認める割合により特別土地保有税を減免すると規定されているところ、そもそも租税法の解釈は、租税法律主義を採用する憲法の規定に基づき、租税法の目的に照らし厳格になされるべきであり、合法性の原則が租税の減免事由についても適用されることは自明のことであって、その結果、右減免事由についてもことさら課税庁に裁量の余地を与えることは不必要かつ有害というべきである。そして、特別事情が存在するものと判断された場合に、行政庁としてとるべき行為及びその内容の決定段階において適用される規則三五条三項も、租税法の右特殊性からすると、右行政行為を覊束するものというべきであり、ここで何割減免すべきかを決定するにあたっては、自然災害等による当該土地の価値が減額した場合にはこれに応じた適正な減免がなされること(同条一項)との対比上、その全額を減免することが覊束されているというべきである。けだし、規則三五条三項の特別事情の存在を事由とする場合の減免の定めが裁量行為か又は覊束行為かの判断は、特別土地保有税課税が土地騰貴の抑制を図りながら、現実の土地有効利用を目的とする目的税であることを考慮する必要があり、また、特別土地保有税は、基準日を申告納付すべき日の属する年の一月一日とし、右基準日に建物の存することを免除認定の最低限の要件としながら、現実には、建物建築に着手するための所要期間が各地方団体の規制の多様性及び能力の差異等によって各地方団体毎に区々バラバラであることから、これを納税者の立場から救済し、誠実な土地利用者を保護するために、本件通達が特別の事情の内容を詳細に規定し、これに基づく条例規則を定め、これを基本として規則三五条三項が制定されたものというべきだからである。

(三) そうすると、鈴木課長が、本件税務相談において、原告土井商行らに対し、正しく減免申請をするよう指導、教示していれば、当然原告土井商行らは本件特別土地保有税の減免の申請をし、その結果、減免割合を全額とする減免決定が出ていたことは明らかというべきである。

しかるに、前記のとおり、鈴木課長が誤った税務相談をした結果、原告土井商行らは、それに従って免除認定の申請を行い、右申請が却下されそれが確定してしまったのであり、現在、本件特別土地保有税の納税義務の負担を余儀なくされているものである。

したがって、原告らは、本件税務相談における鈴木課長の前記違法な税務指導によって、それぞれ本件特別土地保有税本税相当額である一九五四万九二六六円、同不申告加算税相当額である六六万一〇〇〇円の合計二〇二一万〇二六六円の損害を被ったものというべきである。

(被告の主張)

(一) 法六〇五条の二は、特別の事情がある場合には条例で定めるところにより特別土地保有税を減免することができる旨規定しているが課税の公平を保つためには、非課税規定は厳格に解釈される必要があり、同条の特別土地保有税の減免の規定についても、同様に厳格な解釈がなされるべきである。そして、本件通達が、法六〇五条の二の「特別の事情」に該当するものとして減免して差し支えないとしている例は、通常は基準日までに建物建築に着手できるにもかかわらず行政庁の責によってその手続に通常の日数を超える日数を要した場合をいうと解され、この建設の着手の遅れの判断は、所有者の利用意思、建築の事前手続(建築確認、建築設計、その他許可手続等)に要する通常の日数を考慮した上で、なおかつ一般に予想することのできる調整期間を超える行政庁の一方的事由による遅れがあったか否かについて客観的になされなければならないというべきである。このように客観的判断が要請されるべき所以は、実際には基準日までに建設の着手がなされていないところで減免を認めるのであるから、主観的な当事者の工事工程表などの事前の計画表のみでの判断によると、およそ納税者の申請によって全て減免を認めることになりかねず、このような結果は、特別土地保有税の課税趣旨からいって許されないことは明らかであるからである。

そして、原告らは、本件通達に従えば、本件においては右特別の事情が存在することは明らかである旨主張するけれども、そもそも通達は、法規範ではなく、性格上解釈の一つの指針を示すものであり、行政庁はこれを尊重することはもちろんであるが、行政庁の裁量を覊束するものではない。したがって、通達が処分に直接結びつくものではなく、通達の文言に該当すると見えれば当然処分があると考えるのは失当である。

(二) これを前提に本件をみると、そもそも原告土井商行らの設定した建設の着手までの二か月という期間は、全くの主観的判断であって、客観的なものではなく、また、仮に、本件において、本件建物への建設着手に通常要する期間よりも日数がかかったものであるとしても、本件証拠によっても、それは何ら行政庁側の事情によるものであることは窺えず、かえって、原告土井商行ら自身の事情によるものであることが明らかであるから、減免の要件が存在しないことは明白である。

(三) また、原告らは、江戸川区建築指導課職員において法的根拠を欠く違法な行政指導があり、この違法な行政指導の存在が納税者たる原告らを減免により救済すべき特別の事情にあたると主張するけれども、建築主事が、原告土井商行らに対し、地下鉄関係の事前協議が建築確認の前提である旨指導した事実はなく、しかも、そもそも行政指導は、強制力をもつものではなく、相手方の任意の協力により行政目的を実現していくものであり、一般的に行政指導そのものが個別の作用法上の法的根拠がないものなのであるから、法的根拠がないことゆえに違法となるものではない。また、仮に、右のような行政指導が存在したとしても、江戸川区建築指導課職員において、建築確認をする際には、本来、当該土地をめぐる私法上の権利に関する規制をする権限はないとはいえ、本件においては、たとえ建築確認がなされても、建築主が地上権者との関係をクリアーしなければ、建物建築に事実上着工することができないし、また、後に設計変更が必要となる可能性もあることから、予想される私法関係上の当事者間の紛争を予防的に調整すべく、原告土井商行らの利益のために右のような行政指導を行ったものと解されるのであって、建築主事が建築確認申請の受理を拒否したとか、確認までの日数を不当に引き延ばしたなどの事情は全く窺われないのであるから、その限りで右指導は、何ら違法なものとはいえない。

(四) さらに、原告らは、本件各土地について、地下鉄規制をクリアーするために時間を要したことが右特別の事情にあたると主張するけれども、原告らのいう右「地下鉄規制」は、たまたま相手方が地方公共団体であったというだけで、被告交通局が、鉄道事業を営む地方公営企業(地方公営企業法二条一項五号)として私経済作用を行う立場において登場しているだけであり、かつ、右「規制」は、地上権設定契約という私法上の手段による制約にすぎないものであって、被告交通局との協議は、本件通達にいう「行政庁の開発許可、建築確認の手続」とは性格を全く異にするものである。そして、このような制約があることは、登記をもって公示されていたのであるから、原告土井商行らが、本件各土地を取得する際に十分認識していた事情というべきであり、本件建物建築に着手するためには若干の日数を費やすべきことは当然容易に予想できたことなのである。したがって、本件において、右のような事情が存在したとしても、本件通達にいう「所有者の責に帰すことのできない事情」があったということはできない。

(五) また、原告らは、規則三五条三項について、本件のような「特別の事情」が存在する場合には、行政庁の裁量行為によって減免割合が決まるのではなく、減免割合を全額とすべきことが覊束されている旨主張するけれども、一般論として、同条項に基づく減額の割合をどのように決めるかは、課税行政庁の裁量権の範囲に含まれるものであるから、原告らの右主張は失当である。

(六) 以上のように、本件においては、右「特別の事情」が存在しなかったことは明らかであり、仮に、原告土井商行らが減免の申請をしたとしても、右申請が認可された可能性は存在しないのであるから、原告らには、本件税務相談によって被った損害など存在しない。

第三  争点に対する判断

一  事実経過

1  前記基礎となる事実に、甲第一号証、第二号証の一ないし七、第三、第四号証、第五号証の一、二、第六ないし第八号証、第九号証の一、二、第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二、第一三号証、第一四号証の一ないし五、第一五号証の一ないし三、第一六号証の一、二、第一七号証の一ないし四、第一八号証の一、二、同号証の三の一、二、同号証の四ないし六、第二〇号証の二、第二三号証の三、四、第二六ないし第三七号証、第三八号証の一ないし六、第三九、第四〇号証、第四一号証の一ないし二八、第四二ないし第四五号証、第四八号証、乙第二号証の一ないし八、第三号証、第六号証の一、二、第七、第八号証、証人鈴木誠、同福島七郎及び同森谷忠雄の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件建物の建築着手に至る経緯

(1) 原告土井商行は、平成三年春ころ、それまで同社の事業用倉庫として訴外保土田壽吉(以下「保土田」という。)から月額賃料一五〇万円で賃借していた東京都江戸川区西葛西所在の一七五坪の貸倉庫及びその附属事務所について、同人から賃貸マンションを建設する計画があるとしてその立退を請求された。そのため、原告土井商行は、これに代わる事業用地を探していたところ、取引銀行から本件各土地を紹介され、調査した結果、一部一〇〇坪程度の部分に都営地下鉄の導入口部分を含み、同部分には被告により区分地上権(本件区分地上権)が設定されていたものの、場所的にも右西葛西所在の土地に近く、しかも、その広さ、地形ともに申し分がないと判断し、その買収を決定した。そこで、原告土井商行は、平成三年八月中旬ころ、訴外株式会社創都建築事務所(以下「創都建築」という。)に対し、本件各土地上に建築する建物(本件建物)の設計を依頼するとともに、同年九月一三日、訴外株式会社三菱銀行虎ノ門支店から、右土地の購入代金及び建物建築資金として合計一五億円を年利7.4375パーセントの約定で借り入れた。そして、原告土井商行らは、本件各土地について、平成三年九月二七日、リクルートコスモスとの間の売買契約によってその所有権を取得し、同月三〇日に所有権移転登記を各経由した。

(2) このように、原告土井商行らは、本件建物が完成するまでの間は、右保土田に対する支払賃料(月額一五〇万円)及び借入金利子(月額金利九二九万六八七五円)を併せて出捐しなければならなくなったため、右の各経費を節減し、また、本件各土地を有効に活用するため、できるだけ早く建物が完成できるよう創都建築に要請し、右要請を受けた創都建築は、可及的速やかに建物の設計に着手することとした。その際、創都建築は、原告土井商行らによる現場説明及び本件土地の売買契約における重要事項説明書(甲第三二、第三六号証、以下「本件重要事項説明書」という。)の記載等によって、本件各土地のうち約一〇〇坪は都営地下鉄新宿線の地下鉄導入口として利用されることとされており、そのための区分地上権(本件区分地上権)の設定がなされ、右土地部分に建物を建築するについては、被告交通局との事前協議等が必要となること等の制約のあることを認識したが、同社は、それまで、かかる制約のある物件の処理をしたことがなく、事例としても極めて稀なものであったことから、その時点では、被告との協議が必要であることを漠然と認識したにとどまった。そこで、創都建築は、原告土井商行らと協議の上、年内着工を可能とするよう建築確認通知を取得するための手続を開始し、平成三年九月一〇日、本件各土地上に、倉庫部分を三〇〇坪、事務所部分を五〇坪とする鉄骨二階建の倉庫兼事務所を建築するプランをまとめ、同年一二月中旬を建物建築の着工時期と定めた工事スケジュール(甲第六号証)を作成した。右のような建築着工時期が定められたのは、創都建築が、それまで経験した過去の事例から、おおよその予定として、江戸川区住宅等指導要綱、右地下鉄関係の事前協議及び計画道路関係等の各所定手続に要する合理的期間を全部で平成三年一〇月初めから同年一一月末日までの約二か月程度と見積もったためであった。

(3) その後、創都建築は、平成三年九月中旬ころ、江戸川区建築指導課と折衝を開始し、同課に対し、本件建物の建築確認申請手続に関する具体的手順につき打合わせを行うとともに、本件各土地の計画図等を示した上、右地下鉄関係の制約に関しては、どことどのような話合いをすればよいのか、その手続と確認申請等はどのように行えばよいのかなどと問い合わせた。

すると、本件各土地の所在地である江戸川区船堀担当の建築指導課職員は、設計図面等が完成してしまった段階で建築確認申請がなされると、その後に新たな図面の手直し等が必要となってしまった場合などは、結果的には、建主に時間と経費をかけることとなるため、二度手間にならないよう、一般的に申請者に対し、事前に十分関係者との調整、打合わせをするように指示しているところであり、また、本件においても、もし仮に、原告土井商行らが被告交通局との事前協議をしないまま建築確認申請を行い、その後に地上権者と協議をした結果設計変更を余儀なくされた場合などは、修正手続という煩瑣な事務処理が必要となることから、かかる煩瑣を避けて可及的早期に建築確認を通知するためには、確認申請を受理する前に、地下鉄関係の事前協議の完了を確認することが得策である旨判断し、創都建築に対し、概ね、地下鉄に関しては、打合わせ先が被告都市計画局施設計画部交通企画課となり、同課との地下鉄の事前協議が必要であるから、建築確認を申請する前に右協議を完了するよう行政指導を行った。

そのため、創都建築は、平成三年九月一七日、被告交通局との折衝を開始したところ、同局工務部保線課の担当者から、右手続の所要期間に関して、建物の規模等によって異なるが、目安として他の物件では三か月ないし六か月を要するのが一般的であるとの指導を受け、また、他の案件に関する手続に必要な提出図面等の書類を示された上、その具体的内容の説明を受け、また、提出書類の記載のある「事前協議書」と題する書面の交付を受けるとともに、その他、根切りの深さや事前協議手続の概要の説明を受けた。右のように提出すべき書類とされたものの中には、建物等の荷重を一平方メートルにつき三トン以下におさえた基礎構造図及び荷重表も含まれていた。

(4) 創都建築は、右のような江戸川区建築指導課及び被告交通局との打合わせにより、地下鉄に関する事前協議には三か月ないし六か月を要し、右協議が完了して初めて建築確認申請の受付がなされるものであり、また、右協議に必要な書類として指導された基礎構造図及び荷重表を作成し、これを提出するためには、実施設計、構造計算、基礎構造図、荷重表を順に作成する必要がある旨理解したため、当初の平成三年一二月中旬に着工する内容の工事スケジュールでは、本件各土地上の建物建築は不可能であると判断し、その旨原告土井商行らに伝えた。そして、創都建築は、右三か月ないし六か月を要するという被告交通局との協議期間を前提として、原告土井商行らとの間で、右スケジュールの変更のための協議を行うとともに、本件各土地上に建築すべき建物の規模及び建築予算を把握するため、平成三年九月中旬から同年一〇月中旬までの間、建築計画図を作成したり、建設会社から建築工事費概算見積書を取り寄せるなどした。そして、創都建築は、これらの資料をもとに原告土井商行と検討をした結果、平成三年一〇月下旬ころ、当初の建築プランを変更し、本件各土地上に、一階三〇〇坪、二階一〇〇坪の全体を倉庫とする鉄骨二階建の建物を建築する内容のプランを決定した。創都建築は、右決定をふまえて、当初の工事スケジュールの具体的な変更作業を開始したが、前記被告交通局との打合わせにおいて必要とされた提出書類、位置関係平面図、位置関係横断図面、仮設図、ビル荷重図面を作成することについては、同社にその経験がなかったことから、困難性を感じるとともに、前記のとおり、地耐力三トン毎平方メートル以下の条件を満たすためには構造計算が必要であり、構造計算を行うためには、建物プランの決定及び実施設計のうち基本図を作成する必要があることから、これらに相当の時間を要するものと判断した。そこで、創都建築は、平成三年一〇月三一日、原告土井商行らの承諾を得て、本件建物の建築の着手を同四年五月と予定する内容の工事スケジュール表(甲第二五号証別紙第2日程表、以下「本件スケジュール」という。)を作成した。創都建築が、右スケジュールの作成にあたって、建築確認申請に先立ち地下鉄関係の事前協議を調えるものと予定したのは、江戸川区建築主事による前記行政指導によって、右事前協議が、建築確認申請のための前提である旨理解するとともに、計画プランや構造計算等のやり直しなどの煩瑣を避けるために、まず地下鉄関係の協議を完了し、その後に建築確認の申請を正式に提出することが、最も速やかに本件建物の建築に着手できる方法であると判断したためであった。

(5) 創都建築は、被告交通局との間で、平成三年一一月中旬ころまでに、荷重図面の作成や構造計算等の技術的な協議をほぼ完了し、同月二一日、事務的な協議を開始するため、被告交通局から、「事前協議説明書」と題する書面(甲第四二号証)を交付され、その後の細かな手続や必要書面(建物と地下鉄との平面関係、断面関係、荷重関係等を寸法等で明示したもの)等の説明を受けた。創都建築は、平成三年一二月一六日ころには、右図面や必要書類等を揃えることができたため、これを被告交通局に提出したところ、本件各土地の共有者である原告土井商行の印鑑証明書が遺漏していたため、これを具備するなどの補正をした後、同月二七日に事前協議の申請書を正式に提出した。その結果、被告交通局から原告土井商行に対し、文書によって本件建物の新築工事を承認する旨の回答がなされたのは、同四年一月一六日となった。

その他、創都建築は、本件建物の建築について確認通知書の申請を行うにあたって、左記の手続を行った。

① 被告環境保全局自然保護部緑化推進室との協議

建物の敷地が一〇〇〇平方メートル以上の場合、基準以上の植栽を行うこととされているため、必要であった。

右協議が終了したのは、平成三年一二月一二日であった。

② 都市計画道路についての調査

拡幅予定の計画道路が建物の敷地内にある場合、事前に調査を行い、建物に計画道路が当たるかどうかの調査が必要とされていた。

本件建物は、計画道路に当たらなかったため、建築確認申請時にチェックすることで合意をした。

右調査が終了したのは、平成三年一一月一〇日であった。

③ 都市計画法五三条の許可申請

土地区画整理予定地内における建物の新築を行う場合の許可で、本件建物については、建築確認申請時に許可書を添附するとの念書を入れて合意した。

右合意に至ったのは、平成三年一一月一二日であった。

④ 江戸川区住宅等整備指導要綱に基づく協議

建物の敷地が三〇〇平方メートル以上の場合、雨水の排水、樹木の植栽、駐車場、駐輪場の確保、ゴミ処理方法等について江戸川区等と協議を行うことが必要とされていた。

平成三年一一月中旬に事前打合わせが開始され、同年一二月一二日に受付がなされ、協議が終了したのは同四年一月二七日であった。

⑤ 被告下水道局(東部第二管理事務所)との協議

建物の排水、特に雨水等の量が現況下水管の容量以下にするよう、敷地内処理の算定を行い協議を行う必要があった。

平成三年一一月一〇日に事前打合わせが開始され、同月三〇日に受付がなされ、協議が終了したのは同年一二月一六日であった。

⑥ 江戸川区中高層建築物の建築に係る紛争の予防と調整に関する条例及び同施行規則に基づく手続

建物の高さが一〇メートルを超える場合、建物の計画を近隣に標識による事前公開及び説明をすることが必要とされていた。確認受付は、標識設置後一か月以上で、近隣に十分な説明を行った上、その了承を得るまでは受付はなされないこととされている。

右標識が設置されたのは平成三年一二月一八日であり、近隣説明がなされたのは同月中旬から同四年二月上旬までであり、右説明報告書の提出がなされたのは同年一月下旬及び同年二月上旬であった。

⑦ 書面による被告交通局との合意

江戸川区建築主事が、建築確認申請を受理する際に、書面による地下鉄関係の事前協議の完了の確認を要請したため、これを行った。

創都建築が、被告交通局から右文書の発付を得たのは平成四年二月であった。

(6) 原告土井商行ら(創都建築)は、右のような手続が完了した後、平成四年二月一〇日に本件建物の建築確認申請をし、その結果、同年三月一〇日に建築確認通知を受けて、同月二一日から本件建物の建築に着工した。

(二) 本件税務相談の実施

(1) 原告土井商行らは、平成四年四月中旬ころ、東京都江戸川都税事務所から本件特別土地保有税の申告につき通知を受けた。

そこで、原告土井商行らは、原告土井商行の顧問税理士を三〇年以上務めている鈴木誠税理士(以下「鈴木税理士」という。)に対し、本件特別土地保有税に関する申告等の事務処理の一切を委任した。鈴木税理士は、その事務処理にあたって、同税の納期限が切迫しており、しかも、同税理士はそれまでの業務の中で特別土地保有税を扱ったことがなく、また、右税制度そのものに関しての詳細な知識も有していなかったことから、都議会議員を介して、被告主税局の総務部長に対し、本件特別土地保有税に関する税務相談の担当者として適任者の推薦を依頼した。すると、同部長は、右税務相談担当者として被告主税局資産税部固定資産税課の鈴木課長を推薦した。そこで、原告土井商行らは、平成四年五月二〇日、同月二二日及び同月二五日、鈴木税理士とともに、本件特別土地保有税に関し、鈴木課長からその減額又は免除認定を得る方法に関する税務相談(本件税務相談)を受けることとなった。これら税務相談は合計およそ五、六時間に及んだ。

(2) 鈴木税理士は、平成四年五月二〇日に本件税務相談を受けるにあたって、原告土井商行らとの間で打合わせを行い、その際、原告土井商行らから、前記本件建物の建築に至った経緯の説明を受けるとともに、原告土井商行の会社概況並びに右経緯の要約及び具体的な相談事項を記載したメモ(甲第一五号証の二、三、以下「本件メモ」という。)を作成した。

本件税務相談において、鈴木税理士及び原告土井商行らは、鈴木課長に対し、右のような本件建物の建築に至った経緯を時間の経過にしたがって詳細に説明した上、本件につき、原告土井商行らがどのような方策を採れば特別土地保有税の減額又は免除を得ることができるか、その適切な方法について、予め作成した本件メモ記載の具体的事情及び相談事項に基づいて逐次質問をした。そして、鈴木税理士は、原告土井商行らが採るべき方策について、具体的要件の存否に関する鈴木課長の回答、意見を聴取した上、右回答、意見の具体的内容及びその理由の要旨を同人の面前で本件メモに書き込んだ。

鈴木課長は、右回答及び意見をするにあたって、本件各土地が地下鉄関係の規制をクリアーするために時間を要し、基準日において建築着工が全くされていない更地であることを十分に理解しながら、「購入した宅地の一部を地下鉄が通っていて、建築に対する調査に手間がかかり着手が遅れた。」旨の事情を説明した原告土井商行らに対し、「具体的建築確認があり、それを前提に役所の都合で建築できなかった場合には免除認定の申請ができる。」として、本件建物の着工が遅延のやむなきに至った右事情からすると被告交通局から地下鉄規制の事前協議に関する証明が取れれば免除認定の申請ができるのではないかとの回答、意見をした。そして、鈴木課長は、原告土井商行ら及び鈴木税理士に対し、本件特別土地保有税の申告にあたっては、被告交通局から、地下鉄規制に関する事前協議によって本件建物の建築確認及び着工が遅延した旨の内容の証明書の交付を受け、前記本件建物建築に至った経緯等を記載した上申書を作成した上、同税の申告と同時に、右証明書及び上申書を本件処分庁に提出して、免除認定の申請をするように指導した。その際、鈴木課長は、原告土井商行らに対しては、特別土地保有税の減免制度の存在及びその適用要件、申請の方法等については何ら触れるところがなかった。

(3) さらに、鈴木課長は、原告土井商行らに対し、直接の本件特別土地保有税の課税庁である東京都江戸川都税事務所とも相談するように指導した。そこで、原告土井商行ら及び鈴木税理士は、平成四年五月二八日、慎重を期すため、被告交通局との事前協議に直接携わりその事情に詳しい創都建築の代表者を同行して同都税事務所を訪れ、再度税務相談を受けることとした。原告土井商行らは、同都税事務所において、鈴木課長に対して行ったのと同様の本件建物建築に至った具体的な経緯等を杉生所長及び堀課長に説明した上で、同人らからも、本件特別土地保有税の減額又は免除を得る方法につき指導を受けた。すると杉生所長及び堀課長は、概ね、「事情は十分理解でき、同情するところもあるが、処分庁として判断、決裁できる裁量事項ではない。本件特別土地保有税については、都の特別土地保有税審議会に判断権限があり、理由書を付けて免除認定の申請をしてもらえば、審議会の方で審議され結論が出るので、免除認定の申請をしていただくしか方法がない。」旨回答し、具体的に提出すべき書面を示して免除認定の申請をするよう示唆した。この際、杉生所長及び堀課長は、鈴木課長と同様に本件特別土地保有税の減免制度の存在及びその申請手続等については触れることがなかった。

2(一)  以上の認定に対し、被告は、鈴木課長は本件税務相談において、原告土井商行らに対し、減免制度を含めた特別土地保有税の概要の説明を行ったにすぎず、同人が原告土井商行らに対し、免除認定の申請をするよう指導した事実はないと主張し、鈴木課長の供述中にも、右主張に副う部分(甲第三九号証、乙第三号証)がある。

(二)  しかしながら、鈴木税理士が、本件税務相談にあたって、鈴木課長による意見、回答の内容を聴取し、これを書き込んだ本件メモには、「免除申請」との記載とともに、その適用要件に該当する事実の記載が朱書されているのであり(甲第一三号証の三)、しかも、甲第一八号証の一、二、三の一、二、同号証の四、五、第三九、第四三号証、乙第三号証、証人鈴木の証言によれば、鈴木課長は、原告土井商行らに対し、被告交通局発行にかかる同局との事前協議の経過に関する証明書の文案の添削、指導を行ったこと、鈴木課長は、右添削にあたって、右証明書には、右事前協議に通常要するものよりも日数を要したことを具体的な期間を明示して記載するよう指導するとともに、「公益上の理由によりやむを得ず建築確認申請及び着工が遅延したことについては東京都交通局としても認めざるを得ない。」旨記載するよう指示していること、鈴木課長は、本件処分庁に対して、右証明書の発行がなされるまで、審議会(これは、特別土地保有税にかかる納税義務の「免除」に関し必要な事項を調査審議させるために置かれるものであり、右免除制度とは、申請、認定、不服申立等の各手続が異なり全く別個独立の制度と解される特別土地保有税の減免認定の手続においては、かかる審議会への付議は制度として予定されていない。乙第六号証の一、法六〇三条の三、条例一五三条の三参照)への付議の依頼を留保するよう指示していたことなどがそれぞれ認められ、右事実からすると、鈴木課長は、原告らが本件特別土地保有税の申告と同時に免除認定の申請を行うことを予定しており、そのため、審議会に提出して事実関係を明らかにする目的で書面(証明書)を作成しようとしていることを明確に認識しながら、右添削、指導を行っていたものというべきである。以上の認定、説示に加え、前記認定のとおり、鈴木税理士は、税務に関する専門家として、本件事例に即した具体的救済手段(本件特別土地保有税の減額又は免除を得る方法)の教示を得るために、都議会議員を介して本件特別土地保有税に関する相談担当者の推薦を依頼し、その結果、被告主税局総務部長の紹介を受けた鈴木課長から、合計およそ五時間ないし六時間にもわたる本件税務相談を受けたものであり、その際、原告土井商行らは、鈴木課長に対し、資料をもとに事実の推移を時間の経過にそって具体的に説明したものであることなどを総合すると、鈴木課長は、本件税務相談において、原告土井商行ら及び鈴木税理士に対し、単に一般的、抽象的な本件特別土地保有税に関する制度の概要の説明をしたにとどまらず、むしろ積極的に免除認定の申請をするよう指導し、その手続に関する説明をしたものと推認するのが、合理的というべきである。鈴木課長の前記供述は、これに反する甲第二六、第二七号証、第二九ないし第三一号証、第三五、第四三号証、証人鈴木の証言などに照らしてにわかに信用することができず、したがって、被告の右主張を採用することはできない。

二  争点1(本件税務相談の違法性の有無)について

1  そもそも、法五八五条以下に規定する特別土地保有税は、土地の取得及び保有に伴う費用を増大させることにより、いわゆる土地転がしによる土地の投機的な取引を抑制するとともに、地価の上昇待ちで保有されている土地を宅地の供給のため吐き出させることを目的として昭和四八年に創設された政策的性格を持つ税であるが、投機目的で取得され、保有されている土地か否かの判断が困難であることなどから、当初は、当該土地の利用の有無を問わず一律に課税されることになっていたものである。

しかし、その後、土地取引や地価動向が鎮静化傾向をたどったこと、その他土地利用の規制に関する法制度の整備が行われたことなどにより、昭和五三年の法改正により、法六〇三条の二の納税義務の免除制度が設けられ、これによって、すでに社会通念上相当程度の水準の利用がなされ、最終的な需要に供されていると認められるような土地については、例外的にいったん発生した特別土地保有税の納税義務を免除することとし、課税の緩和が図られることとなった。すなわち、土地所有者は、その保有する土地が基準日において基準面積を超える場合は、同税の納税義務を負うものであるが、土地が法六〇三条の二第一項に規定する要件に該当する建物(「事務所、店舗その他の建物又は構築物で、その構造、利用状況等が恒久的な利用に供される建物又は構築物として政令で定める基準に適合するもの」)の敷地として利用されている場合は、例外的措置として、一度発生した納税義務を免除することとされているのである。そして、右免除制度の趣旨からすれば、未利用の土地はもとより、将来の売買を見越して仮の利用に供されているにすぎない土地についても右免除制度の対象とすべきでないことになるが、具体的な個々の土地について、最終的な需要に供されているか、将来の売買を見越して仮の利用に供されているかの判断は困難であるから、その具体的運用における不公平を避けるため、同項は前者であることが明確なもののみを対象とすることとして一定の外形的、客観的基準を導入し、右基準として、法施行令五四条の四七第一項一号は、その構造及び工法からみて仮設のものではないことを、同項二号は、その利用が相当の期間にわたると認められることをそれぞれ定めており、また、法六〇三条の二第七項、五八六条四項は、右の判定は、基準日の現況によるものとしている。

右のような免除制度の趣旨やその規定に照らせば、当該土地が法六〇三条の二第一項一号の免除対象土地に該当するか否かは、専ら、基準日において、当該土地上に右免除認定の要件の基準に適合する建物又は構築物が存在するか否か、あるいは、少なくとも右の基準に適合する建物又は構築物が建築途上にあるか否かという外形的事実に基づいて客観的に判断されるべきものと解するのが相当である。したがって、右の基準に適合する建物又は構築物が基準日に現実に全く存しない場合においては、たとえ、このような建物又は構築物を建設する具体的な計画が進行中であり、所有者が投機目的で当該土地を所有するものでないことが窺えるとしても、それのみでは当該土地を同号の免除対象土地に該当するものということはできない。

2  これを本件についてみると、本件各土地は、基準日である平成四年一月一日時点では、更地であり、建物等の建築工事の着手もなされていなかったのである(当事者間に争いがない。)から、法六〇三条の一第一項一号の土地に該当せず、したがって、本件特別土地保有税が同条項によって免除される余地はなかったものというべきである。

3  そして、甲第三九号証、乙第三号証及び弁論の全趣旨によれば、鈴木課長は、本件税務相談を受けるにあたって、東京都江戸川都税事務所との間で事前の打合わせを行い、本件特別土地保有税の納税義務免除認定の基準日(平成四年一月一日)現在の本件各土地の状況を同日撮影の航空写真で確認したところ、本件各土地には右基準日に何ら建物建築の着手がなされていなかったことを認識したことが認められ、右事実からすると、鈴木課長は、被告主税局資産税部固定資産税課の実務担当者として、本件各土地については特別土地保有税の免除の要件が存在しないということを当然に認識し得たはずである。そうすると、このような状況下で原告土井商行らから本件特別土地保有税の減額又は免除を得る方法につき相談(本件税務相談)を受けた鈴木課長としては、適正、公平な税務運営を図る観点から、原告土井商行らに対し、右減額、免除を得られる方法について、本件具体的事案に即した正確な情報を提供した上、適切な法的、技術的助言を与えるべき義務があったものというべきであり、右減額又は免除を受けることが不可能であると判断される場合、あるいは、そこにおける説明、資料等のみからでは各制度の要件に該当する否かについて直ちに判断することが不可能である場合には、特定の制度に拘泥することなく、広く各制度の概要を紹介するにとどめ、それらの各内容、申請手続等についても、一般的な説明をするにとどめるべきであって、もし仮に、相談担当者が納税者に対し、減額又は免除を受ける方法として特定の制度のみを紹介し、その申請を促すなどの対応をした場合、右申請をすることにより納税者が現実に減額又は免除が得られるのではないかとの期待を抱かせることとなり、適正、公平な税務運営を図るという税務相談の本来の目的に必ずしも副わない結果となるおそれがあるから、これを厳に避けるべきであったものというべきである。

しかるに、鈴木課長は、前記認定のとおり、本件税務相談において、本件各土地が基準日には更地であったことを認識し、法六〇三条の二に規定する特別土地保有税の免除の対象となる土地の要件を具備しないことを認識し得たにもかかわらず、原告土井商行らに対し免除認定の申請をするよう指導したのであり、その税務相談の実施方法は違法であった疑いが強いものといわなければならない。

三  争点2(原告らの損害の有無)について

1  前記認定の事実によれば、創都建築は、江戸川区建築指導課の担当職員による行政指導によって、被告交通局との地下鉄規制に関する事前協議を完了することが建築確認申請が江戸川区建築主事に受理されるための前提条件である旨判断して、右申請の前に被告交通局との折衝を開始した事実か認められる。

しかしながら、前記認定のとおり、そもそも、本件各土地の一部に関しては、原告土井商行らがこれを取得する以前から、被告によって地上権設定契約に基づく区分地上権の設定及びその登記がされており、同地上権の内容として、右部分に建物を建築するためには、被告交通局との事前協議を経由することが必要とされていたのであり、右事前協議を完了するためには、実施図、基礎構造図、荷重表等の作成等の手続を行う必要があり、もともとこれらを経由するために相当の期間を要することが予定されていたのであって、本件各土地の登記乙区一番「権利者その他の事項」欄には、本件区分地上権の内容として、「目的 鉄道敷設」「範囲 東京湾平均海面の下2.264メートル以下の部分」「存続期間 鉄道施設存続中」「地代 無償」「特約 1、木造以外の建物、工作物等を築造する場合は、あらかじめ設計及び工作等について都と協議し、書面による同意を得ること。2、鉄道施設に加わる建物、工作物等の荷重は、現地表面において1m2につき3トン以下とする。3、鉄道の運行の障害となる建物、工作物等を設置しないこと。」「地上権者 東京都」との記載がなされ(甲第二号証の三、六)、また本件重要事項説明書にも、本件区分地上権の存在及びその内容につき、右と同旨の記載がなされているのであるから(甲第三二、第三六号証)、原告土井商行らは、右登記及び重要事項説明書の各記載等によって、これらの本件土地上の利用上の制約(本件区分地上権)の存在及びその具体的内容を認識し、又は認識しうる状態で本件各土地を取得したものである。そして、創都建築は、本件スケジュールの策定にあたって、地下鉄規制関係の事前協議が完了した後に建築確認申請を行うものと予定した理由について、「計画プランおよび構造計算上の煩瑣な再度のやり直しを避けるため、まず地下鉄関係につき都との協議をなし、それをクリアーしてから確認申請を正式に出すことが最も可及的速やかに本件建物倉庫の建築ができるものとしてそのやり方を採用致しました。」と供述しており(甲第三三号証)、また、原告章男も、「事前協議、提出資料の内容が建設の構造設計に関わる重要部分であるため、都交通局の許認可を頂いて、構造認可を頂いた後でなければ正式な設計図面が起こせない」旨供述しているところである(甲第二三号証の六)。右の本件区分地上権の存在、内容並びに創都建築及び原告章男の各供述などからすると、原告土井商行らが、本件において、地下鉄規制関係の事前協議が完了した後に建築確認申請を行ったのは、右建築主事による行政指導のみによるのではなく、結局、原告土井商行ら自身が右のように建築申請を行うことが最も速やかに本件建物の建築に着手しうる方法であると判断したからにほかならないというべきである(なお、前記認定のとおり、江戸川区建築主事によって創都建築に対して行われた建築確認の申請をする前に被告との地下鉄規制関係の事前協議を経由すべきである旨の行政指導は、右事前協議をしないまま建築確認申請がなされその後に地上権者と協議をした結果設計変更を余儀なくされた場合、修正手続という煩瑣な事務処理が必要となることから、かかる煩瑣を避けるため、建築確認の早期通知の効率的方法として行われたものであると認められるから、前記建築主事の行政指導は、客観的根拠に基づく合理的なものであったものというべきである。そして、そもそも行政指導は、強制力を持つものではなく、相手方の任意の協力により行政目的を実現していくものであり、一般的に行政指導そのものが個別の作用法上の法的根拠を持たないものであって、江戸川区建築主事が、創都建築に対し、右事前協議が調わない限り建築確認申請の受理を拒否するであるとか、事前協議が調っていないことを理由に建築確認を留保するなどと指導したことについては、これを認めるに足りる証拠はないことをも併せ考慮すると、右行政指導そのものが違法であったものということはできない。)。

このように、本件においては、前記認定の建築確認申請に関する建築主事の行政指導の存在、その内容にかかわらず、被告との間で締結された地上権設定契約の内容からして、原告土井商行らは、被告交通局との事前協議が完了した後でなければ、本件各土地上の建物建築に着工することはできなかったものというべきであり、江戸川区建築主事の違法な行政指導等の行政庁側の一方的な都合によって本件建物への着工が妨げられたとする原告らの主張を採用することはできない。

2(一)  ところで、法六〇五条の二は、「市町村長は、天災その他特別の事情がある場合において特別土地保有税の減免を必要とすると認める者その他特別の事情がある者に限り、当該市町村の条例の定めるところにより、特別土地保有税を減免することができる。」と定めており(なお、法七三四条一項により、被告は、その特別区の存する区域において、特別土地保有税を課するものとされ、この場合には、被告を市町村とみなして右規定が準用されることになり、減免をする者は東京都知事となるが、法三条の二及び本件条例四条の三の規定により、特別土地保有税に関する東京都知事の権限が本件処分庁に委任されている。)、これを受けて、条例一五四条一項は、特別土地保有税の減免につき、「次の各号の一に該当する土地又はその取得のうち、知事において必要があると認めるものに対して課する特別土地保有税の納税者に対しては、規則で定めるところにより、当該特別土地保有税を減免する。」とし、その一号で「災害その他これに類する事由により区画か又は形質が変化し、著しく価値を減じた土地」を、同二号で「公益のため直接専用する土地その他の土地で規則で定めるもの」を規定しており、規則三五条二項は「条例第一五四条第一項第二号に規定する規則で定めるものは、次の各号に掲げる土地とする。」とし、その一号は「公益のため直接専用する土地」と同二号は文化財保護法五七条一項に規定する埋蔵文化財を包蔵する土地で一定の要件を満たすものと、同三号は「前二号に掲げるもののほか、特別の事情があると認められる土地」と規定している。また、同条三項は、「前項に規定する土地に係る特別土地保有税の減免は、当該事情を考慮して知事の認める割合により減免する。」と規定している。

(二)(1)  そして、原告らは、本件通達に照らせば、前記本件建物建築着手に至った経緯からして、本件各土地について、法六〇五条の二に定める「特別の事情」があることは明らかであり、仮に原告土井商行らが期限内に申請をしていれば、本件特別土地保有税の減免がなされていたことは明らかである旨主張する。

(2) 確かに、乙第六号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、「その土地の所有者の責に帰することのできない事情により行政庁の開発許可、建築確認等の手続に相当の日数を要したため、基準日までに建設等に着手することができず免除対象土地として認定されなかった土地についても、開発許可、建築確認等の手続の完了後速やかに建設等に着手された場合においては、当該土地が恒久的な建物、施設等の用に供されることが確実であると認められる時点において、法第六〇五条の二に規定する特別の事情に該当するものとして当該土地に係るこの間の特別土地保有税を減免して差しつかえないものである。」との内容の本件通達が存在しており、右通達は、自治省税務局長から各道府県総務部長及び被告総務・主税局長あてになされた特別土地保有税の免除制度等の取扱いに当たって留意すべき事項を示し、適切な運営についての指導を求めるものであることが認められるところではある。

しかしながら、本件通達が、特別の事情に該当するものとして当該土地に係る特別土地保有税を減免して差し支えないとしているのは、土地の所有者の責に帰することのできない事情により公法上の建築制限である行政庁の開発許可、建築確認等の手続に相当の日数を要したために基準日までに建設等に着手することができない場合であるところ、前記認定の事実によれば、本件各土地の一部については、都営地下鉄新宿線の地上駅から地下への導入口ないしその直近に位置するため、本件区分地上権が私法上の契約によって設定され、右区分地上権設定契約上の特約として、木造以外の建物等を築造する場合における地上権者との事前協議及び書面による同意や鉄道施設に加わる建物等の荷重についての制限等が定められたものであることが認められ、このように、被告(所管は交通局)は、鉄道事業を行う地方公営企業(地方公営企業法二条一項五号)として、私経済作用を行う立場において、区分地上権設定契約の締結という私法上の手段で本件各土地の利用権を設定しているのであって、右契約において必要とされる事前協議は、右契約上の権利関係調整の手段にすぎないというべきであり、これに相当の日数を要した場合であっても、本件通達に掲げる「行政庁の開発許可、建築確認等の手続」など公法上の建築規制の手続に相当の日数を要した場合と同視することはできない。また、前記認定のとおり、右本件各土地上の利用上の制約(本件区分地上権の設定)については、登記によって公示がなされており、原告土井商行らは、右のような具体的制約の存在及びその内容を十分に認識し、又は認識し得る状態で本件各土地を取得したのであり、本件各土地上に建物を建築するについては、被告交通局との協議に日数を費やすべきことは、原告土井商行らにとっても、容易に認識し得た事情であると認められる。したがって、被告交通局との事前協議に相当の日数を要したことをもって、法六〇五条の二、条例一五四条一項、規則三五条二項三号に規定する「特別の事情」にあたるということはできない。

(3) したがって、原告らの前記主張は、これを採用することができない。

3  そして、前記認定のとおり、原告土井商行らが被告交通局から書面による事前協議完了の回答を得たのは、本件特別土地保有税の基準日の後の日である平成四年一月一六日のことであり、原告土井商行ら及び創都建築と被告交通局との間の事前協議の具体的経過及びその内容については、本件全証拠によっても必ずしも詳らかでない点があるが、甲第二〇号証の二、第二三号証の六、第二五、第三三号証、証人森谷の証言によれば、原告土井商行らが本件区分地上権に関し初めて被告交通局と接触した平成三年九月中旬の段階では、原告土井商行ら(創都建築)は、被告交通局との事前協議に必要な荷重表、構造図(基礎)等の書面の作成には何ら着手しておらず、大まかな建築に至るスケジュールプラン及び基本的設計プランの概要を完成していたにすぎなかったことは明らかであり、また、甲第一八号証の四によれば、被告交通局としては、本件において右事前協議に要した期間は、地下鉄線上の構築物の協議期間としては通常のものである旨考えていたことが認められ、本件全証拠によるも、右事前協議の完了が基準日以降の日となったことについて、特段の遅延の原因となるべき事由(少なくとも、被告の責に帰すべき特段の事由)は、これを認めることはできない。

4 以上からすると、本件各土地は、法六〇五条の二の特別土地保有税の減免の対象となる土地にはあたらないというべきであり、もし仮に、原告土井商行らが、期限内に適式な申請を行ったとしても、本件特別土地保有税が減免されたであろうとはいえないものである。したがって、鈴木課長による本件税務相談の実施方法が仮に違法であったとしても、これによって、原告らが被った損害は何ら認められないといわなければならない。

第四  結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官滿田明彦 裁判官宮武康 裁判官堀田次郎)

別紙物件目録<省略>

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